大判例

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最高裁判所第二小法廷 昭和47年(行ツ)2号 判決

上告人 平原晃次 ほか六名

被上告人 兵庫県労働部職業安定課長

訴訟代理人 海老根進

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人井藤誉志雄、同藤原精吾、同木下元二、同西村忠行の上告理由第一点及び第二点について。

所論の点に関する原審の判断は、いずれも正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、独自の見解に立つて原判決の違法をいうものであつて、採用することができない。

同第三点について。

原判文に徴すれば、所論引用の原判示部分には、措辞適切を欠くところがないではないが、本件懲戒処分にはこれを取り消すべき瑕疵があるとの上告人らの主張に対し、原審が右瑕疵の存在を認めるに足りる証拠がないとの判断を示したものと解しえられないではなく、右判断は正当として是認することができるから、原判決には所論のような違法はないというべきである。論旨は、採用することができない。

同第四点について。

所論の点に関する原審の判断は、その適法に確定した事実関係のもとにおいて正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判官 小川信雄 岡原昌男 大塚喜一郎 吉田豊)

上告理由

原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな法令違背があり、また理由不備ないし理由齟齬があるので、破棄を免れない。

以下論点を分けて述べる。

第一点原判決は職権による行政処分の取消の法意の解釈を誤つており、破棄さるべきである。

一 原判決は行政処分の職権による取消は原則としてなし得ないものとする。

しかし、行政処分が一般に職権で取消し得ないという法文上の根拠はない。また取消し得ないとする理論上の根拠もない。従つて特別の規定のない限り、原則として取消が認められるべきであると解さねばならない。

ただ、相手方の信頼を裏切るとか、法律生活の安定を害するとか、社会公共の福祉に重大な影響を及ぼすといつたような虞れを考慮し、職権による取消、撤回に制限のあることが論じられている。

換言すれば、職権による取消権の限界、その基準が問題とされているのが判例や学説の立場である。

成田頼明外編「行政法講義」下巻(青林書院新社)二七五頁以下、田中二郎「行政法総論」 (有斐閣)三五六頁、園部敏外編「全訂行政法判例(総論)」 (法律文化社) 一八一頁、二〇八頁

二 懲戒処分の特質からみて、公務員に対する懲戒処分たる行政処分の取消について、当該処分に瑕疵のある場合に限ると解すべき法理論上の根拠は存しない。従つて、行政処分のなかでも、公務員に対する懲戒処分については、職権による処分の取消が自由に認められなければならない。

その理由は以下のとおり。

(一) 公務員に対する懲戒処分は、使用者たる、国、行政庁、任命権者において、勤労者たる公務員の服務規律を維持するため、内部的を制裁としておこなわれる。それは一般外部の国民に対する公権的行為とは区別される。労使の関係において、服務規律を維持する必要上、使用者が一定限度の懲戒権を保有する点において、公務員関係と一般民間とを別異に解する必要はない。

原判決が「職員に右のような義務違反がある場合……懲戒処分をなすべきことを義務づけられる」とするのは全くの独断である。

本件は国公法第八二条による処分であるが、同条は「処分することができる」とし、懲戒権者の裁量に任せており、義務づけてはいない。

中村博「公務員懲戒法」一二頁も同旨である。

また、後述の如く、本件統一行動は、全国的に行なわれたが被処分者の出たのは四支部であり、上告人らの支部でも四つの分会の一部であり、処分をなすべきことが義務づけられたものではないことが明白である。

このように懲戒事由があつても、懲戒権の発動が、懲戒権者の裁量に委ねられている根拠は、公務の正常な運営をはかり、かつ適正な服務規律を維持するという行政目的にとつては、具体的なばあいに懲戒処分をなすか否かの決定は、懲戒権者の判断に任した方が、より具体的妥当性をもちうるからに外ならない。そして、懲戒処分をするか否かが自由裁量行為である以上取消又は修正は、本来的に可能(中村前掲書一八四頁)であつて、右の行政目的に照して条理上の制約があるに過ぎない。

すなわち、懲戒処分の取消については、当該処分に一定の瑕疵がある場合に限つて認めるという根拠がないばかりか、逆に懲戒制度の本来の趣旨からすれば瑕疵なき懲戒処分も懲戒権者の自由な判断によつて、取消、撤回も認められると解すべきである。

一審判決がこの点にかんし(理由四の(二)において)、本件を具体的に検討し、公共上、業務の運営上取消、撤回を「内部における法的秩序の客観的安定の見地」から妥当とし、違法でないとしたのは正しい。

三 職権による取消には、処分の瑕疵を要しない。

原判決は、行政処分の職権による取消しが許されるのは、当該処分に無効または取消し得べき瑕疵がある場合に限ると判示する。

しかし、裁判所による場合に準じて職権による取消の場合にまで「無効または取消し得べき瑕疵」を要するとしたのは明らかに法令解釈を誤つている。

行政処分が取消される場合、次のようななされ方が考えられる。

イ、行政訴訟による方法

ロ、行政不服審査による方法

ハ、職権による方法

イ、の訴訟による方法は行政事件訴訟法に従つて行なわれるのであり、判決により行政処分を取消し得るのは、処分が違法である場合のほか、裁量権の範囲をこえ、又はその濫用があつた場合に限られる(同法第三〇条)。

ロ、の行政不服審査手続では、行政庁の違法又は不当な処分その他公権力の行使に当る行為に関し、国民の権利利益の救済をはかるとともに、行政の適正な運営を確保するために、不服の申立を許している(同法第一条)。

すなわち、行政不服審査では、違法ばかりでなく、不当な処分についても、取消是正することを認めている。取消しに必ずしも暇疵を要件とせず、適法行為の取消もありうるのである。

而して取消是正は、国民の権利利益の救済と行政の適正な運営の確保の両面からなすべきであるとする。

ハ、の職権による取消が違法な場合のみ許されるとすることの理由のないことは明らかであろう。

違法でないとしても、不当な場合、国民の権利利益の救済のためにも、行政の円滑な運営の確保のためにも、処分者は諸般の事情を考慮して相当と認めるときは、取消、撤回が許されるとする

のが、右述の三つの方法を比較するとき、唯一の正しい解釈だといわねばならない。

第二点行政処分の撤回の要件にかんして、

取消と撤回とは、講学上区別されるのが通常であるが、実際の機能に即してみれば、職権取消と撤回とはきわめて似通つた性質をもち、両者をあわせて、職権取消の問題として論じることができる。

成田外前掲書二八一頁、遠藤博也「行政行為の無効と取消」(東京大学出版会)一四〇頁

したがつて、撤回にかんしてもこれ迄職権による取消について、述べた各論点について、同じ趣旨で法令解釈の誤りがあることを、指摘する。すなわち、「適法かつ有効に成立した行政処分は、処分庁といえどももはやその効力を自由に変更、消滅させることはできないのが原則である」という原判決は明らかに法令解釈を誤一つており、破棄を免れない。

第三点原判決には審理不尽、理由不備の違法があり、破棄さるべきである。

原判決は職権による行政処分の取消には瑕疵の存在が不可欠であるとし、上告人らには瑕疵につき立証がないとして請求を棄却した。

一 本件は昭和三五年の安保改訂反対斗争に際し、上告人らの所属する全労働省労働組合の中央の指示による反対の統一行動に際し上告人らが兵庫県職安支部員として勤務時間にくい込む職場集会に参加したことを理由にして懲戒処分がなされ、組合としてその取消撤回を求め、取消撤回を得たことに関するものである。

取消撤回を求めた理由は、

(イ) いわゆる新安保は米軍の駐留、基地の提供を承認し(六条)日本の軍備拡充を義務づけ(三条)しかも海外派兵の危険さえ生ずる虞れのある条項を含む(五条)憲法の平和主義の理念に反するものであり、国民として等しく反対すべきであり、殊に憲法擁護義務を負う公務員としては率先してその意思を表示する義務があるものと云わねばならない。

(ロ) この中央の指示による全国的な統一斗争で懲戒処分があつたのは組合では青森、愛知、大阪、兵庫の四支部だけであり、また兵庫支部についても組織人員七三〇名一九分会の内、上告人らの四分会の一部のもののみであり、本件懲戒処分は憲法一四条の法のもとの平等、国家公務員法上の平等取扱の原則(二七条)公正の原則(七四条)に違反する処分である。

(ハ) 本件職場集会では、業務の運営を阻害した事実なく利用者の国民に被害を与えた具体的事実は全くなぐ、業務の正常な運営は些かも阻害されていなかつたこと。

右の次第で組合は本件懲戒処分は違法であり不当であると抗議し、平課長代理もその処分の失当であることを認め、撤回したのであつた。

二、国公法第九八条が文字どおりにすべての国家公務員の一切の争議行為を禁止している趣旨と解すべきものとすれば、それは、公務員の労働基本権を保障した憲法の趣旨に反し、違憲又は違憲の疑を免れないことは既に通説である。この違憲又は違憲性の強度な規定を懲戒処分に適用するには、争議行為の態様、違法性の強弱に照して必要最小限度にとどめなければならないとの要請がある。

本件で前述のような争議行為につき、具体的な業務阻害の事実もないのに、特に慎重な考慮もなく、上告人らに対し、国公法第九八条が適用されているのであつて、本件懲戒処分じたい、少くとも違憲の疑いを免れないものである。

さらに、全国的、全県的に行なわれた統一行動につき、上告人ら一部のものにのみ懲戒処分を行なつた憲法一四条、国公法二七条、同法七四条に違反する瑕疵についても従来から主張、立証してきたところである。

これらの諸点については、上告人らの全主張、立証により明白であり(一審判決事実摘示二の(二)の(2) )、客観的にも疑い得ないところであるが、原判決はこれを看過して、これらの主張立証につき判断しなかつたのである。

原判決は、「後記のように無効または取消し得べき瑕疵があるとの立証がない」というのであるが(原判決二三丁裏)、後記部分において、取消し得べき瑕疵の存否についての判断は全く欠落している。

これは正に審理不尽、理由不備の違法ありというべきである。

第四点原判決には理由齟齬の違法がある。

原判決は、行政処分の撤回が一般に許される場合として「その処分後、公益上その効力を存続せしめ得ない新たな事由が発生した場合に限る」と判示する。

ところで、原判決認定の事実によれば、平田課長代理は、処分撤回斗争としての数日にわたる団体交渉の結果、組合との紛争を一応収捨し、混乱した一部業務を平常の状態に戻すため、本件懲戒処分を撤回したものであつて、撤回の動機はまさに職安業務の運営という公益上の目的をはかるために外ならない。

不当処分等によつて組合との間に紛争が生じ、労使間の圧れきの結果、業務の通常の運営に支障を来たすような場合、懲戒権者の判断により組合との話し合いに応じ、不当処分を撤回し、労使間に平和を取り戻し、平常業務を回復しようとするのは公益をはかるための策として許されていると解すべきである。

すなわち、原判決の前提とする議論によつても、本件懲戒処分の撤回は当然許される場合にあたる。

しかるに、原判決は、右認定事実にもかかわらず、撤回の要件がないと結論づけるのであつて、前後矛盾しており、理由に齟齬がある。

よつて破棄を免れない。

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